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アルジャーノンに花束を

この小説はこの十数年来いちばん読みたかった本であったのだが、今回入院と云
う絶好の機会を得て、ようやく読破することができた。

なぜ読みたかったかと云うと・・・
40年ほど前に"スペクトルマン"と云う、今見ると非常に微妙だが当時一時代を築
いた特撮TVヒーロー番組があり、その中の一話に"ノーマン"と云う怪獣が出てく
る感動エピソードがあった。
賢明な諸兄ならもうお察しのことと思われるが、この名シナリオの元ネタとなったのがこの"アルジャーノンに花束を"であり、後日そのことを知ってから無性に読みた
い本No.1になってしまっていたのだ。
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面白いと思ったのは、本篇がすべて主人公チャーリィ・ゴードンの手記で書かれて
いること。精神薄弱の時はほとんどひらがなでたどたどしい文字の羅列で表現し、
頭が良くなっていくにつれ、文章の形を成しはじめ、句読点をおぼえ、次第に学者
並みの難しい論文調の文章に変遷していく。

頭が良くなると云うだけならある意味歓迎だが、
深層心理にある過去の記憶が、その台詞からなにからすべて克明によみがえって
くると云うのは、精神的に耐えられそうもない。(例えば、幼少期の寝室扉の隙間からもれてくる、隣室の両親の小声でのケンカの内容とか)

脳外科手術の後遺症でアルジャーノンやチャーリィが凶暴性をおびてくることをわ
かりやすく"怪獣化"で表現したところなどは脚本家のしてやったりであろうか。

ただちょっと拍子抜けだったのは、白ねずみアルジャーノンの死が実にあっさりと
書かれていたことか。
まあ怪獣化した"犬怪獣"(そのままだよねw)は盛大に散ってくれたので、それと
同様のことをされても困ってしまったかもしれないが。

入院患者百態

先日入院した病院が"肛門科・胃腸科"に特化した病院であったため、その入院患者も比較的短期の人達が多く、2週間の入院中、6人部屋と云うことも相まって実に多くの患者さんたちと同室になった。
その中でも特に印象に残った人たちを紹介しよう。

自分と同日入院のおじさん。
普段はぶっきらぼうで挨拶以外は特に話もしないおじさん。しかしながら2~3日に1回お見舞いに来る奥さんが実に優しく人柄も好い女性で、この奥さんと話す時だけは穏やかで楽しそうで饒舌になる。夫婦円満とはこういうことを云うのだ。

とにかく賑やかなおじいさん。
直腸も大腸の一部もなく、ストーマを装着しているのだが、とにかく元気。薬を飲む時には「○山△助、今から薬を飲みます。ありがとうございました!」と独り言を宣う。夜中の2時頃に一人でトイレに行こうとして盛大に転んで頭をうち、血まみれになりながらも看護師さんに冗談を言うその姿に、夜中であることも忘れて笑ってしまった。

いかにもモーレツ(死語)なサラリーマン風男性。
外廻り中に吐血して緊急入院。絶対安静と言われているのに携帯から手を離そうとしない。挙げ句の果ては入院を取り消して仕事に戻ろうとする。
どうして吐血する羽目になったのか、もう一度胸に手を当ててよ~く考えてみなさい。

孤独(?)なおじさん。
仕事中に下血して緊急入院。検査の結果、深刻な十二指腸潰瘍であることが判明。
職場から直接運び込まれたらしく、家の方に連絡するも宅急便で入院用の物品が送られてきたのみ。もちろん見舞客はない。陽気なおじさんではあるのだがどこか物寂しげでもある。

一昔前の職人気質のおじさん。
おなかの具合が悪くて治療に来たところ、心臓やら肝臓やらに命に関わる病気が見つかり緊急入院。身寄りも無く、どこかに2人いる子供たちとも絶縁中。
「今まで何ともなかったのに心臓が悪いと言われてから心臓が本当に悪くなった。」はしごく迷言。
病院の看護師さんが少ない情報から姉さんが居ることを突き止め、連絡を取ることに成功。その3日後には、その姉さんから連絡を受けた子供たちが2人とも病院に現れ、おじさん吃驚アウアウのまま心臓治療のできる医療センターに転院していった。

その昔、"イボ痔小五郎"と云うマンガがあった・・・

永井豪のマンガで、たしか小学校高学年の頃に週刊ジャンプで読んだ記憶がある。
痔が痛くてズボンはおろかパンツもはけない私立探偵の、それはそれはお下劣極まりないギャグマンガであった。
この頃は、痔なんてものはよく分からない病気であり、鼻で笑い飛ばしていたものだが、その数年後に自分にその"兆候"が現れるとは夢にも思っていなかったのであった。

今から思い起こせばあれは中学2年の冬、排便の際にちょっとピリッときたのが始まりだったのだ。
毎日ではなく時々痛むぐらいで、日常生活にはなんの支障もきたさなかったので、"これは痔ではない"と無理矢理思い込み、そう自分に言い聞かせ、たとえ治療であっても人様にお尻を見られることにもの凄く抵抗し、そのまま何事もなく20数年の月日が流れた。

次の段階に入ったのが35歳を過ぎてから。
排便の後、痛みがひかなくなってしまったのだ。今から思えば、この頃が一番きつかったかもしれない。血は噴くし、痛い時はまともに歩けないし、かの"イボ痔小五郎"を彷彿とさせ自虐的に鼻で笑うしかない情況が続いた。
それでも一晩寝ると大概は痛みはひくので(もちろん2,3日ひかない時もある)、まだ病院に行く決心はつかないまま、それからさらに20年が経過する。

これだけ付き合いが長いともう一人前(?)の"ぢ主"気取りで、このままでもいいかなぁ・・・と思っていた矢先、ヨメさんから完治命令が出された次第である。

ここからは備忘録
8/16 : 福岡県飯塚市にある"豊永医院"で診察。痔関連では全国的に有名な病院で、あわよくば日帰り手術のつもりで臨んだが、思ったよりも重傷で入院が必要とのこと。
地元鹿児島のとある病院に紹介状を書いて貰う。

8/17 : 鹿児島市の"鮫島病院"で診察。
8/24 : 入院
8/25 : 手術
9/  5  : 退院

手術は下半身麻酔であったがまったく痛くなかった。その後の2週間に及ぶ入院生活に辟易した以外はまずまず順調な回復をみせている。

なにはともあれ、40年以上付き合ってきた悪友に別れを告げた感じで、何とも感慨深いものがあるのだが、トイレの後まったくお尻を気にしなくて良いと云うのは新鮮で感動的でもある。 

教訓 : 痔も初期段階で治療すれば、切らずに薬だけで治せるので、(恥ずかしがらずに)病院へ行こう。
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