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大人向けショートコント

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私事でまことに恐縮で、さらにお恥ずかしい話ではあるのだが、
長い間この「ケンタッキーフライドムービー」と「ロッキーホラーショー」と「リトルショップオブホラーズ」の区別がつかなかった。(笑)
今では全作品、何回も見直していてまず間違うことはないのではあるが、これはもう若気の至りとしか言いようがない。

さて本題である。
かなり時代がかったショートコントのつなぎ合わせで一本の作品に仕上げたもので、
さすがに今見ると笑えないものも多いのであるが、艶っぽい話がところどころ挿入されておりそれなりに飽きずには見ることが出きる。

ただ全編の1/3ほどをブルース・リーのパロディが占めており少々冗長になるのだが、
どうせならここら辺りもショートコントで徹底した方が全体的なバランスは良くなったのかもしれない。

なにはともあれ、彼女や子供さんとは一緒に見ない方がよい映画であることは確かである。(笑)

30数年ぶりの邂逅

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何を隠そう、いや隠すまでもないのだが、この映画は高1の冬休みに映画館に見に行った。
その当時、NASAアポロ計画陰謀説に基づいて作られた映画であることなど知る由もなく、単純にサスペンスアクション映画として手に汗握った憶えがある。

あのやたらと腹に響くBGMと、地球のスタジオで火星着陸後の撮影を行っていたことと、クライマックスで両翼プロペラ機で峡谷を飛び廻ることぐらいしか憶えていないな、などと感慨に浸るまでもなく
今こうして見直しても、政府陰謀もの、サスペンスものとして充分楽しめる作品であった。

特に、逃亡する宇宙飛行士たちを追うヘリコプターを、さも襲い来るモンスターのように描いている演出が心憎い。
実際、捕まってしまえば殺されてしまうのであるから、モンスターよりも始末に負えないのかも知れないが。

あくまでも私的観点ではあるが、放送記者とその同僚、或いは上司との会話がテンポは良いながらも掛け合い漫才の様になっており、かなり冗長で時代がかって感じられるのが難点と言えば難点か。

その後、何回かリメイクの話があった様な気もするのだが、未だに履行されていないのは、やはりNASAの陰謀なのだろうか?(笑)

墜落日誌

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寺島令子先生自身のパソコンゲームを主体とした実体験日記形式で構成されており、まさに墜落していく様(笑)を描いた佳作マンガ。

昨日の日記にも書いたとおり、
1989年からLOGiN誌で連載が始まって以来のつきあいということで、
2008年の突然の掲載誌休刊により途中打ち切りで最終回を迎える形になり、かなり憤ったのであった。(笑)

掲載誌が月2回、もしくは月刊の刊行で、原則2ページの連載であったため単行本発行のペースも凄まじく遅く、連載19年で5冊しか出なかった。

最終巻の頃になると、寺島先生もパソコンの中~上級者になられており
連載当初の様な墜落ぶりはすっかり影を潜めて物足りない部分もあるのだが
ゲームに興じるドタバタ振りはなお健在で、そのほのぼのとした絵柄と相まって非常に記憶に残る作品となったのであった。

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その昔、"LOGiN"と云う雑誌があった。

一般のパソコンゲーム情報誌(パソコンエロゲー専門誌は氾濫していたが)として、一時代をを築いていたのであるが、
PSやWiiやDSなどの家庭用コンシューマー機の普及によりパソコンゲーム自体が衰退し、その結果、2008年に休刊の憂き目に遭うことになってしまった。


1コンテンツとして寺島令子先生の長期連載コミック「墜落日誌」が掲載されていたが
ちょうどこの連載第1回目(1989年)から定期購読している私にとっては
実に19年のつきあいに終止符をうたれたことになる。

たしかに、晩年の"LOGiN"はメーカーの広告やオンラインゲームの特集ばかりで読む箇所も少なくなってきてはいたのだが、非常に寂しくそして残念ではあった。

紙媒体の休刊後、Web上で構想も新たに展開されてはいたのだが、それもいつの間にか自然消滅していた。

旧大映特撮時代劇の名作

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いわゆる大映妖怪三部作といわれるシリーズの第一作目にあたる名作である。

幼少のみぎり、映画館で観た時には怖くてまともに観られなかったことしか記憶に残っていないが、
今改めて観ると、本編よりもルーキー新一の怪演の方が怖いということに唖然とするのである。(笑)

この頃が大映特撮の全盛期だったことを考え併せてみても
CGを全く使わない時代でのろくろっ首の繰演などはお見事としかいいようがない。

それにしても、この1968年作品の妖怪たちの出来が
さくや妖怪伝(2000)、妖怪大戦争(2005)、ゲゲゲの鬼太郎実写版(2006)に出てくるそれらに比べても遜色ないのは

・・・一体全体ど~いったワケだ!?(笑)

旧大映特撮映画の大傑作

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もう説明の必要もないと思われるが、
昭和ガメラ、妖怪3部作に並ぶ旧大映の特撮映画の傑作。

大魔神を演じた橋本力氏の目力(めぢから)演技は言うに及ばず
ミニチュア家屋の破壊も、フィルム合成による門扉の倒壊もどちらも迫力満点、

昨今のCGに頼り切ったなまぬるい特撮では、この映画は絶対に超えられないと思う。

一時期、リメイクされるという噂もあったが、この映画に関してはこのまま流れてしまった方が良いのかもしれない。

・・・などと安堵していたら、’10年にこんなものが作られていた。
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・・・これは大魔神の名だけ借りたまったくの別作品と云うことにしておこう。(笑)

学生時代の友、インスタントラーメン

今では滅多にそんなことはないが、学生時代はよくお金に困った。
親元から初めて離れ毎月仕送りをしてもらっていたわけであるが、
大抵は遊びと外食とで月半ばにして使い切ってしまうことが多かった。

そこで同じような境遇にあった友人に教えてもらったのがこのインスタントラーメンレシピである。

インスタントラーメンの麺をたっぷりのお湯で煮る。
麺がほぐれたら火を止め、お湯に浸したまま1~2時間放置する。
麺が水を吸って倍ぐらいの太さになったら、一度水を捨てる。
丼に粉末スープ、かやくを入れて新たに沸かしたお湯を注ぎスープを作る。
これに先ほどの麺を入れて出来上がり。

さらにこのラーメンを1時間ぐらいかけてゆっくり食べると、ほぼ腹八部目くらいにはなる。(笑)

よく考えるとちっとも美味しくはないのであるが、
空腹時にはそんなことも言っておられずよくお世話になった。

今となっては一食のラーメンに2~3時間もかけるなど、夢(?)のような話ではあるが。

怪獣が4匹なのに

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三大怪獣とはこれ如何に?・・・と、長い間考えされられた映画であった。
当時のポスターや宣伝文句では、この作品名の先頭に「ゴジラ・モスラ・キングギドラ」が付けられており、ラドンの扱いが不当であるとも思っていたのである。

が、ほどなく(とはいっても最近)映画の予告編集を見て判明、「地球三大怪獣対宇宙超怪獣」という図式の作品であったのだ。

「人間はぼくをいつもいぢめているではないか。」と(小美人の通訳では)泣き言をいっているゴジラを
モスラがなだめすかして地球を守る側になるよう説得する、と云うちょっと気恥ずかしい問題(?)シーンはあるが

隕石から炎形態を経てキングギドラが誕生するシーンはゴジラシリーズでも屈指の名場面であり、
キングギドラの引力光線による町の破壊もかなり迫力のあるシーンに仕上がっている。

この作品を境に、昭和ゴジラは人間の味方一直線に傾倒していくことになるのだが
これも当時の時代の流れでは仕方がなかったことなのかもしれない。

信じれば夢はかなう

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冒頭から中盤は、東映特撮ヒーローもののパロディか、といった印象しか持ち得なかった。
コスプレを趣味とする冴えない中年教師、敵方もコスプレにしか見えない蟹怪人、等々。

途中、特殊能力を発揮しそうにはなるが、結局は延々とラストまではコスプレイヤーの域を脱していなかった主人公。
だが、そのクライマックスで情況は一変する。

「信じれば夢はかなう」といった古くさいテーマを軸にしつつ、寄り道、回り道、果てしなく遠回りをしながらも、
最後の最後で本物のヒーローのコスチュームに身を包んだ時、
実際にはこの作品はしっかりと特撮ヒーローものの王道ど真ん中を進んでいたということに、ようやく気付かされるのである。
ここら辺りは宮藤官九郎の面目躍如といったところか。

余談ではあるが、この映画で鈴木京香を少しばかり見直した。(笑)

諸星大二郎

知る人ぞ知るが、知らない人は全く知らない"諸星大二郎"と云うまた不可思議な漫画家がいる。

前述の飯森広一"ぼくの動物園日記"目当てで週刊少年ジャンプを買い始めたのが’73年、それからちょうど1年後の'74年に衝撃的なファーストコンタクトを果たす。
それが第7回手塚賞を受賞した"生物都市"であった。
生物と機械などの無機物が融合してユートピアを形成すると云う不思議な読後感を持つ作品で、深く印象付けられることとなるが、真打ちはまだ先に控えていた。

同’74年に、現在もシリーズ化が続く"妖怪ハンター"を連載、そして翌々'76年に、以降この漫画家の軌跡を追い続けようと決意させるに足る"暗黒神話"が登場する。
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作品自体は単行本一冊に収まるぐらいの中編なのであるが、日本の記紀を軸として、仏教や印度密教や天文やあれやこれや詰め込めるだけ詰め込み、
46億7千万年後の未来の世界において、その総ての伏線をきれいに収束させて完結させるその手腕は将に唯一無二の作家であると賞賛せざるを得ない。

そして・・・それから40年近くたった今でも現役として活躍を続ける諸星先生に対しては畏敬の念を抱くことを禁じ得ない。

ああ・・・雨宮慶太だ。(笑)

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奇想天外な忍者時代劇ということで、まず頭に浮かんだのが昭和版「仮面の忍者赤影」だったのだが、
いきなり白影役の牧冬吉氏が出てきて思わず吹いてしまった。(笑)

実際、昭和赤影を今の特撮技術で映像化したらこのようになるであろうことは想像に難くない。
(私感ではあるが、2001年に作られた"RED SHADOW 赤影"はまったくの別作品と言い切ってしまおう。)

シナリオに何のひねりもなく、特撮も稚拙ではあるのだが
小道具へのこだわりとクリーチャーの懲り方、そして殺陣の念の入れ様はまさに雨宮節炸裂、
これから3年後の名作「ゼイラム」への下地は充分垣間見られる佳作といえる。

タンクトップの森山祐子

DVDが出現する遙か前、VHSテープでは長期保存が出きないことは周知のことであったため、
特にお気に入りの作品はLD(レーザーディスク)で買い集めていた。

この作品は、その数少ないお気に入りの中の1本である。

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主要登場人物が3人という低予算映画ではあるのだが、
雨宮慶太監督のクリーチャー造型も素晴らしく、何回見ても飽きない作品に仕上がっている。

特にゼイラムの形態変化が秀逸で、最終形態のおぞましさは今もって観ても斬新である。

そしてこれは次作「2」にも継承されることだが・・・

森山祐子はアーマー装着時よりも、脱ぎ去ってタンクトップ一枚になった方が強い。(笑)

嫁さんが実家に帰った。

・・・とは云っても、喧嘩をしたわけではない。(笑)

2番目の妹さんの結婚式が4月にあるので、その準備も兼ねて2年ぶりに里帰りした次第である。
嫁さんの実家と云うのが、中国の吉林省と云う処で、今もって最高気温が0℃以上にならない真冬日が続くそれはそれは寒い地方なのであるが、久しぶりの故郷ということもあって3ヶ月も休みをとって帰ってしまったのであった。

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幸い、中国にはパソコンでビデオチャットなどが出来るQQと云うソフトがあり、電話代を掛けずに毎日連絡をとりあうことはできるのだが・・・

炊事は半々でやってきたので何とかなるが、掃除と洗濯が非常に何ともならないのであった。^^;;

高千穂夜神楽

もともと下戸で、アルコールの類いは昔から適量をわきまえて飲む人だったので、飲み過ぎでの失敗ということはまずない。
ただ、飲み始めるとすぐに眠くなるのが難点といえば難点で、これによりかなり悔しい思いをしたことはある。

20年ほど前、ちょっとした旅行で宮崎県の高千穂町という自然豊かな山村に行く機会があった。
その晩に、この地方の伝統芸能で、全国的にも有名な「高千穂夜神楽」を見に行くことが一番の目的であったのだが、
その開始までの待ち時間を利用して、軽く仲間うちで宴会を始めてしまったのがまずかった。

せっかくの夜神楽も、覚えているのは冒頭の翁とおかめの面を付けた人が登場するところだけ。
あとはあぐらをかいて座った姿勢のまま、あろうことか熟睡してしまったのだ。

この無念を晴らすため、もう一度高千穂に行こうとは思っているのだが、未だ果たしていないのが実情である。
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ラジー賞最低続編賞

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いや、たしかにインディ・ジョーンズシリーズではあるのだ。
多少老いたジョーンズ博士の飄々とした人柄も、秘境や遺構の趣向の懲り方も、クライマックスの真相へと至る謎解きの数々も、たしかに旧3部作に勝るとも劣らない出来ではあるのだ。

滝から落ちたり、虫(今回は蟻)と遊んだり、"アーク"のマリオンが出てきたり等々、旧作へのオマージュ的要素もてんこ盛りで、充分楽しめる作品ではあるのだ。

"アーク""魔宮""聖戦"とことごとく嵌まり、久々の新作に期待で胸いっぱいに膨らませていたのだが・・・

冒頭でロズウェル事件のグレイの木乃伊が出てきた時にイヤな予感がしたのが始まりで、
まさか最後の最後で"インディ"で"未知との遭遇"をやられてしまうとは。
そもそも荒唐無稽さが面白いインディシリーズで、その余りのクライマックスの荒唐無稽さに面喰らってしまったのは私だけではないはずだ。

Xファイルを引き合いに出して恐縮だが、"インディ"ではなく"Xファイルグレイ編"として見た方が納得が行く作品であるかもしれない。

ゲームと異常犯罪

こんなことを書くと、いろんな方面からお叱りのお言葉を賜りそうなのでは
あるが、
昨今よく見聞きする異常犯罪、いわゆる動機なき無差別殺人とかいわれるも
のの元凶は
巷に氾濫する残虐、陵辱、破廉恥ゲームにあるものと断言してみる。

機関銃で敵を蜂の巣にしてみたり、ナイフで腹をかっさばいてみたり、幼女
をたらし込んで行為に及んだりと、その目を覆わんばかりの凄まじさの枚挙
には暇まがない。

反論してくる人が必ず言うことは
「ゲームはゲームとして認識しており、現実とゲームの境界はきちんと判別
している」
「その手のゲームをしてはいるが、少なくとも自分は実際に行為に及んだこ
とはない」

・・・当たり前である。(笑)

ただ実際問題として、その当たり前のことが出きていない人、ゲームと現実
の境界が曖昧になっている人が増えてきているのではないか。

就職してからファミコンが普及しだした自分たちの世代からでさえも異常犯
罪者が現れる時代である。
物心ついた頃からTVゲーム三昧の輩は推して知るべし

・・・と断言してみる。(笑)

誤解なきように念をおしておくが、残虐ゲームをしている総ての人がおかし
くなると言っているのではない。
おそらくはほんの僅かの、ごくごく一握りの人間に起こりうることが大問題
なのだ。

歴代の中では名作の部類に入ると思われるが・・・

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なにしろゴジラが空を飛ぶのである。
シッポを持って後ろ向きになり、放射能火炎をジェット機のように噴出して
空を飛ぶのである。
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当時のお子様たち(含.自分)は大喜び、怪獣大戦争の「シェー」よりもイ
ンパクトがある、後世に語り継がれる名(迷)シーンとなった。

ただしシナリオ的には良い出来で、当時の公害問題を真正面から捉えており
冒頭のヘドロやゴミが浮かぶ東京湾の姿はかなり衝撃的な映像であった。

さらに敵方のヘドラも充分気味悪く、海~陸~空と変身を繰り返し、最終形
態でゴジラよりも大きく変容した時には驚嘆したものである。

また、硫酸ミストで人間を溶かして骨にするシーンは、お子様たちにしては充分す
ぎるほどショッキングに描かれていた。

この頃のゴジラは人間の味方として定着していたため、防衛軍(自衛隊?)
との共同戦線を張ることになるのだが
つかず離れずで適度な距離を保っているのも好感が持てる。

その後に迷走を続けるゴジラシリーズにおいては、充分及第点の映画だと思
われる。

観なきゃ良かった2

たしかに昔、映画館で観たはずなのに、全く記憶に残っていないのが不思議だったのだが、
今回観直してようやくその理由がわかった。

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・・・観なきゃ良かった。(笑)


かの「ゴジラの息子」よりもひどい。

いくら予算がないからといっても、旧作の切り貼りでは記憶にも残らないはず。
新撮のガバラもけっして魅力的な怪獣というわけでもないし。

観なきゃ良かった。(笑)

小学生低学年の頃、映画館で観て以来の邂逅・・・

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・・・観なきゃ良かった。(爆)

ミニラがそこら辺にいるきかない子供さん^^;みたいで非常に不快。

見所はカマキラス、クモンガの繰演と
東宝特撮スター勢揃いの豪華キャストくらいか。

JAWS

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「ジョナサン」の回に再確認したところ、この映画を見に行ったのが1975年。
ジョナサンの1973年からこのJAWSまでの間に、何かほかの映画を見た様な気はするのだがいっこうに思い出せない。(笑)

で、「JAWS」である。
当時からスプラッタやホラーを全く受け付けなかった自分にとって、
序盤のちぎれ足や船底の生首などで、ちょっと引き気味に見てしまったのだが、
それにも勝るラストの緊迫シーンであった。

あのラストの高揚感は、
数あまた作られたJAWSの続編やJAWSもどきも含め、その後の映画では太刀打ちできないほど素晴らしいものであった。

ここで初お目見えとなったドルビーサラウンドという音響効果とも相まって
"映画館で見た映画"としては最高傑作の部類に入ることは間違いない。


笑点

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1966年に放送開始というから、50年近くに亘って続いている化け物番組である。

私が見始めたのは’70年に入ってから・・・
司会が三波伸介氏、大喜利メンバーが小円遊、円窓、木久蔵、円楽、こん平、歌丸と、
多分に個人的感慨も入っているが、歴代の中でも一番面白い面々だったと思う。

なかでも、三遊亭小円遊師匠が好きで、歌丸師匠との仲違いネタが当時の番組の売りとなっており、その喧嘩の様を毎週楽しみにしていたものだ。

小円遊師匠が逝去された時も、かなりのショックを受けたことも忘れられない。

当時のメンバーで残っているのは、歌丸師匠と木久扇師匠だけになってしまったが、
それでも番組を終了させることを由としないパワーが、TVの画面全体から感じ取れるのは凄いと思う。

ほぼCGなしの至福

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この作品の何が素晴らしいかといって、飛行するフクロウ等一部にCGは使われているものの、そのほとんどのシーンをマペットや着ぐるみや実際のセットで賄っているところではないだろうか。

たしかに昨今のCGの進化は凄まじく、どこがCGでどこが実写なのか解りかねる作品もたくさんある反面、あまりにもCGに頼りすぎて作品自体が軽くなってしまっていることも否めない。

今、この映画が作られていたとしたら、おそらく“指輪”や“ハリポタ”等々の如くCGまみれになることは目に見えているので、この時代に作られたことを感謝すると供に、より一層愛おしく感じざるを得ないのだ。

ああ、それにしてもボウイが若い。(笑)

LPとLD

それぞれCDとDVDが世に出たとたん、盛者必衰、怒濤の勢いで駆逐されてしまった感のある両製品ではある。

たしかに盤面も大きく扱いにくい上に、プレイヤー自体も大きく成らざるを得ない点で不便ではあったのだが、
大きいパッケージならではの豪華さ、芸術性、お得感、そしてライナーノーツの充実性などを考え併せると
なかなか捨てたものでもないとも思える今日この頃。

実際、今までに集めたLPやLDは捨てたり売ったりするのが忍びないので、いまだに持ち続けている。
壁にネジを2本打ち付けてその上にパッケージをそのまま乗せ、買った当時を偲びつつインテリアとしても活用しているのであった。

などど書き連ねているが、最近、LDはともかくとして、アナログの良さの見直しがなされ、新譜をわざわざアナログLPで発表する奇特なアーティストも現れているようである。

これはこれで歓迎できる波なのではあるが、アナログレコードプレイヤーの針交換は面倒くさかったなぁ・・・などと思い出したりもしている今日この頃なのであった。(笑)
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