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今さらながら、古稀の沢田研二を聴く。

最近、TVではめっきり見かけなくなった沢田研二であるが、LIVE会場で観客とケンカしたり、コンサートをドタキャンするなどして、相変わらずのお騒がせでその顕在ぶりを発揮されているようである。

ニュースなどでもよく取り上げられ、近況の映像と共にその懐かしい歌声に懐古おじさんの血が騒いでしまった次第である。(笑)

自慢ではないが芸能界歌謡界に人並み外れて疎い自分であっても、70~80年代の全盛期の沢田研二くらい知らないワケがないわいッ・・・

・・・と、思っていたのだが、実際に聴いてみると、歌の最初から最後まで完全に憶えているのは"勝手にしやがれ""時の過ぎゆくままに"ぐらいしかなく、"カサブランカダンディ""サムライ""TOKIO""ダーリング"などなど超有名どころの歌はさわりとサビくらいしか記憶に残っていないことに愕然とするのであった。

「Oh、ニ~ナ~ 忘れられない」の"追憶"も、小学生の頃散々耳にしていた筈なのに、今回初めて"追憶"と云う題名で沢田研二の歌であることを知ったくらいである。

さて、その沢田研二もはや古稀(70歳)だそうである。
巷では、若く麗しい昔の容姿と比較して誹謗中傷を繰り返す輩が跋扈しているが、自分としては格好の良い歳の取り方をしているなぁ、と云うのが実感である。
しかも声は昔のまま、と云うか、昔よりも艶がありしかも渋みも増している、まさしく唯一無二の沢田研二の完成形に到っていることにいたく感動するのであった。
沢田研二 

最近の脳内再生ソング

一時収まっていたのだが、最近また無意識に脳内ヘビロテされる歌が何曲か出てきたので記しておく。

その1 
わす~れないわ~♪ 星降る夜に誓った言葉♪ : これはまぎれもなく前述アニメ"南の虹のルーシー"の主題歌。けっこう名曲で忘れがたく、頭の隅にその旋律がこびりついて離れない。

その2
ぼくが生まれた~この島の空を~♪ : 沖縄出身のバンドBEGINの代表作。もともと好きなバンドであったが、先日とあるスーパーでこの曲がBGMでかかっており、それ以来自動再生されるようになった。

その3
空の声が聞きたくて 風の声に耳すませ~♪ : とあるものまね芸人のYouTubeを何気なく見、気になって調べたらau三太郎のCMソングで、そのうえBEGINがまた出てきて吃驚したところである。

その4
ウルトラの父がいる~ウルトラの母がいる~♪ : 何を今さらのウルトラマンタロウ主題歌。 中国に生放送をするサイトがあり、ヨメさんがお気に入りにしているのだが、そこに出てくるとある夫婦が毎回必ずこの歌を歌うので頭にこびりついてしまった。

私家版デヴィッド・ボウイBest5

追悼を兼ねて、私家版ながらお気に入りのボウイの曲を選んでみた。

5.Space Oddity :
歌詞が憶えやすかったため、ボウイの曲で一番最初に空で歌えるようになったのがこの歌であった。

4.Memory of a Free Fesstival :
the sunmachine is comin'down and we'er gonna have a party♪
雑踏の喧噪の中からこのフレーズが浮かび上がってきて、やがて盛大なフェスティバルになっていく構成は、なかなか好き。

3.Ziggy Stardust :
やはりボウイを語るうえに於いては外せない名曲。
・・・と云うか、このアルバム自体がひとつの完成された楽曲で構成される名盤であった。
Five Years で始まり Rock & Roll Suicide で完結するこの物語の完成度の高さは、その後のどのアーティストのどのアルバムよりも秀でている。

2.Station to Station (Live版) :
通常のアルバムに収録されているこの曲自体は特に気にも掛からないものであったのだが、"Stage"と云うライブ盤の同曲を聴いて情況は一変した。
蒸気機関車が汽笛を上げながら走り出し、けたたましい騒音の中からいつとはなくベースの主旋律が現れ、そのうち機関車の走行音もフェードアウトして歌が始まる演出は本当に鳥肌ものであったのだ。

1.円軌道の幅 The Width of a Circle :
高校時代の友人から譲り受けた、記念すべきボウイのとっ始めのアルバムのしかも先頭の曲と云うことで、おそらく再生回数は全曲の中でもダントツのはず。
"読書百遍意自ずから通ず"と云う諺が妥当かどうかは別として、イントロのベースから歌い初め、途中の声の強弱から最後のドラムまでの曲調や歌詞を完璧に覚え込むまで聞き込んだ曲はそうそうない。
8分を越える大作ながら、ボウイの人生そのものの様に変化に富み飽きさせない曲作りは、私の中では一番の歌となった。


こうしてみると、やはり初期の曲ばかり。
最近、またぞろボウイを聴くようになっている。

ティン・マシーン以降のボウイもそのうち聴いてみようか・・・と云う気持ちにもなっている。

デヴィッド・ボウイの想ひ出 その3

その後もボウイに嵌まりまくる月日がつづく。
何千回とヘビーローテされたカセットテープは次々とすり切れ、ついには全LPアルバムを揃えるに到る。まだCDなど影も形もなかった時代のことである。
自己所有のLPレコードからまたまたカセットにダビングして、これまた何千回とヘビーローテした。
いつの間にやらダイアモンドも聴く機会も減り、ほぼ洋楽はボウイで占められるようになってしまう。

しかしながら大学3年の時にある意味衝撃的なアルバムが世に出ることになる。
"レッツ・ダンス"・・・この名作アルバムの出現がよもや自身がボウイに距離を置き始めることの発端になろうとは。

たしかに万人受けするような曲作りがなされ、事実上ボウイ最大のヒット曲となり、このアルバム以降、ボウイを聴く人々もかなり増えてきた印象もある。

ただ、あくまでも私感であるので誤解の無いようにして戴きたいのだが、"初期~グラム~レッツダンス以前"のボウイに魅了された身からすると、
この"レッツ・ダンス"はいかにも洗練されたダンスミュージックのような、それこそ万人向けに作られたような印象で、グラム時代の泥臭さは失われたように見受けられた。

その後の"トゥナイト""ネヴァー・レット・ミー・ダウン"まではアルバムを揃えたが、この両方とも"万人受け"と云う印象からは抜けきってはいなかった。
そして、ティン・マシーン以降の音楽活動についてはほとんど後追いもしなくなってしまったのであった。

心臓病や癌を患いながらも、近年音楽活動がまた盛んになってきた矢先のこの訃報は、往年のファンからしても至極残念でたまりません。

DAVID BOWIE
2016年1月10日没 

R.I.P.

デヴィッド・ボウイの想ひ出 その2

季節は流れ・・・大学に入ってからも相変わらずニール・ダイアモンドを聴き、そのダイアモンドの空きにデヴィッド・ボウイを聴くと云った体裁を続けていた。
この頃になってもダイアモンドとボウイを嗜んでいるなどと云う輩は周りに皆無だったため、天の邪鬼気質の自分は、この二人のアーティストを聴きつづけた。

"ビートルズ"や""カーペンターズ""S&G"などの王道洋楽を聴くことになるのはこれよりもかなり後年、ほんの数年前からの話になるのであるから自分の偏屈具合もかなりのものであったと思う。

当初はダイアモンド8:ボウイ2くらいの比率であったが、さすがにダイアモンドも中学生の頃から聴いていたので飽きてきたのかどうか、だんだん5分5分になり、ついにはボウイの方がメインになってしまう逆転現象が起こった。

友人から頂戴した5本のカセットもヘビーローテーションの末すり切れて音が跳ぶほど聴き倒したので、レンタルショップでレコードを借りてきて新たなカセットを作ることになるのだが、
この時新たに"ハンキー・ドリー""アラディン・セイン""ヤング・アメリカン"のラインナップが加わることになる。
こうなるともうノンストップ、最初期の"ロンドン・ボーイ"から"ロウ""ピンナップス""ステーション・トゥ・ステーション""ロジャー""スケアリー・モンスターズ"までアルバム総てを揃えるのにそう時間はかからなかった。

一番のお気に入りの曲は、一番最初に聞き始め一番長いこと聴きつづけたアルバム"世界を売った男"の中の一篇"円軌道の幅"、8分を越える大作ながら、変調・進化をつづけるボウイを象徴するような、変化に富み飽きさせない曲作りが魅力的な歌であった。

また、"ジギー・スターダスト"がストーリー仕立てのコンセプトアルバムであると気付いた時の衝撃は今でも忘れられない。

グラム・ロックと云うジャンルがあることも、かのような格好(笑)で歌っていることもつゆ知らず、ボウイに嵌まりまくったハイ・ティーンの青春時代であった。

・・・つづく
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