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新時代 "どろろ"

もう説明の余地もないほどの、かの手塚御大の名作。そのアニメ版としては実に50年ぶりのリメイク作品である。
どろろ
キャラクターデザインは手塚御大のものとは決定的に違うところが賛否の分かれるところであろうが、ところどころ一瞬だけ"どろろ"が手塚絵を思わせるキャラになっていたり、"オムカエデゴンス"や"ヒョウタンツギ"がちょい役で現れたりするので侮れないのである。(笑)

赤ちゃん時の百鬼丸や、足や背骨などが身体に戻る様などはリアルすぎて気味が悪いほど。

今作では"どろろ"の"百鬼丸"に対する一方的な片想い感は稀薄で、”百鬼丸”の方も"どろろ"を心の拠り所にしている描写が至る所にあり、心地よい作りとなっている。

また、原作や前作のアニメでは徹頭徹尾悪役として描かれた父、醍醐景光や弟、多宝丸が改心する形で結末を迎えるのが多少は救われる。

ただ、鬼神を1匹倒すごとに身体の一部が戻ってくると云う"お約束ごと"が、必ずしも守られていないところがちょっと不満と云えば不満か。
特に、肝心の両手、両目の4箇所が戻ってくるのが最終2話でのお話になっており、景光との契約で百鬼丸の身体の一部を喰い損ねた鬼神の存在や、そもそも奪い損ねた身体の部分を何故その鬼神が持っているのか云々・・・物語の設定が分かりかねるところがあって、もう少しどうにかならなかったのか、と云う印象を持った。

ひょっとしたら原作のように未完で終わるのではないかと云う一抹の不安はあったが、ちゃんと身体全体を取り戻し、未来に希望を見いだす作りにしているところは評価できる。

こんなに簡単に壊れるとは・・・

新品で我が家にやってきて、はや4か月、ようやく操作にも慣れてきたと思った矢先、スマホがいきなり壊れた。液晶が中から割れた模様。

胸ポケットに入れたまま、C鋼を抱え上げたのが悪かったのは明白なのであるが、それにしても以前のガラケーでは20数年間こんな壊れ方は一切なかったので、なおさらショックなのであった。

修理には2~3週間かかるとのこと。
もう胸ポケットには入れないので、早く帰ってきて欲しい。

我が家に"光"がやってきた。

思い起こせば20数年前、今の家にやってきた時に最初に引いたのがNTT西日本のISDN64回線であった。
ソフトバンクのYahoo!BB ADSL回線が使えるようになったのがそれから10年後。
光もすぐに来るだろうから繋ぎとしては充分かな・・・と、その当時は思っていたのだ。
しかしながら、他の近隣地区の光回線の開通を横目で見ながら、はや10数年、最後の最後まで取り残された我が地区に、待ちくたびれた感もある"光"がようやく開通した。

ADSL50Mで1.5Mくらいしかインターネット回線の速度が出ていなかったのが、一気に58Mまで伸びたのには感動した。

1Gなのに58M?・・・などと野暮なことは云わない。心から歓迎致します。
光

原点回帰?

前回の"パーク"が崩壊し、恐竜たちはそのまま島に取り残されて3年が経過した、と云う設定の物語。

前回の感想で良いことは書かなかったので何かとアレだが、この続編は思ったよりも楽しめた。
炎の王国 
最初は島に行くことを拒否していた主人公オーウェンが、小さい頃から面倒を見てきたラプトル"ブルー"との記録ビデオを観て救助に向かう決心をするシーンなど、こう云う仕掛けにめっぽう弱い私は、ものの見事に引っかかってしまった次第である。

火山の噴火の描写も火砕流、火山弾と臨場感たっぷりに描かれ、ここでも最後に取り残されたブラキオザウルスに涙するとは<小学生みたい。

インドラプトルとの決戦でブルーに死亡フラグが立ったような気がしたのだが、死ななかったのは何よりのハッピーエンドであった。

そして最後に、コンピュータ技師のフランクリンに助演男優賞を与えたい。

小さな音や振動、恐竜に怯える様はそれはもう演技とは思えないほどリアルで、物語に緊迫感を与えてくれた。無印の子供たちに匹敵する好演であったことは賞賛に値する。

さらば、平成!

・・・などと、感傷に浸るまもなく"令和"の時代が何ごともなくやってきた。

思い起こしてみると、自分にとっての"平成"は、両親の死、2度の転職、結婚、痔の完治(笑)など、それなりに激動の時代であった。

かなり以前から自分は"西暦使い"になっていたので、元号が代わることにそれほど感情移入はしていないのだが、こうして区切りとしてみると、けっこう感慨深いものもあったりする。

世間では5つの元号を生き抜いてきた女性の話題でもちきりだが、自分自身、"昭和""平成""令和"と3つ目の時代は、どのような生き方をするのであろうか。

ああ、わが"中途半端"人生

いつの間にやら還暦へのカウントダウンが始まり、なにかと昔を懐古することが多くなってきているのだが、特に意識はしていなかったが"広く浅く"を地で行くような、言い換えれば何ごとにも中途半端な人生であったと今さらのように思う。

その中でも、わが三大中途半端として悔やまれるのが"スキー""音楽(楽器)""まんが"である。

その1 スキー
小中高校と北海道であったため、冬の体育でスキーの授業は普通にあったし、休日には家族旅行でスキーにも行った。
にもかかわらず、(当時はインドア派であったため)スキーの技術はまったく向上せず、そのうちスキーのできる環境ではなくなって疎遠になってしまった。
まったくスキー経験の無い人に比べれば多少は上手そうに滑ることは出来るが、それまで。
4歳上の兄がアウトドア派で一級のスキー検定資格を持っている(義姉や三人の甥も)ことを思うと、今さらながら勿体ないことをしたと後悔しても後の祭りである。

その2 音楽(楽器)
以前の日記にも書いたが、小学校から中学にかけて"(電子)オルガン"の教室に通わされていた。
練習をしない子(笑)だったので、先生との折り合いが破滅的に悪く、結局、中途半端で投げ出すことになるのであるが、まあ、これも勿体ないと云えば勿体なかった。
この教室のおかげで、楽譜は読めるようになり、簡単な曲なら弾くことも出来るが、それまで。
いま、熟年者用のピアノ教室をよく見聞きするが、完全リタイアした後に再チャレンジしてもよいかな・・・とは心の片隅に思っている。

その3 まんが
これも以前の日記に書いたが、小学生中学年の頃、週刊少年ジャンプで"ぼくの動物園日記"と云うまんがに出逢い、その影響で自分でも"まんが"を描くようになった(これがスキーやオルガンが中途半端になった一因でもある)。
最初は普通の大学ノートに鉛筆だけで枠線を引き、ストーリーを考えながら鉛筆で描く体裁をとっていたが、そのうち墨汁とGペンをおぼえ、ケント紙を購入し、烏口や雲形定規、スクリーントーンを使う本格的なものに入り込んでいった。
ただ、総てが自己流であったため、デッサンは苦手だし、人の身体はひん曲がっているし、背景は面倒(笑)だし・・・で、同様の趣味を持つ友人にとても太刀打ち出来そうもないデッサン力と構成力を見せつけられ、こりゃいかんと挫折した次第である。
飯森広一先生の動物の模写から入ったので、だいたいの動物の絵は描けるが、それまで。
挫折せずに今も描き続けていたらどうなっていたかなぁ・・・などと考えると、せつなくも懐かしくなるのであった。

今日も運ぶよ 酸素 酸素♪

先ず、何と云っても主題歌が良い!!(笑)
昨今のアニメやら特撮番組の主題歌は、新人アーティストのプロモと勘違いする如く、作品の内容とはかけ離れた歌詞のものが溢れている。
まあ、その作品自体に興味の無い人たちにも楽曲は売ろうと云う商売根性が解らないわけでもないが・・・。
この主題歌だけでだいたいの内容が分かり、あまつさえ作品名を連呼するその潔さに感動してしまった次第である。
 はたらく細胞

さて、その内容であるが、見た目は今時流行りのアニメの体裁を整えているが、その実、体内細胞の擬人化と云う手法で大変分かり易い"学習まんが"として機能しているところが凄いと思う。

特に、樹状細胞がナイーブT細胞を活性化したり、マクロファージが赤血球を養育したりするエピソードは、これ以上無いほど分かり易く説明されていて舌を巻くのである。

こんなアニメが中学時代にあったら、理科第2分野の成績ももっとあがっただろうに。(笑)

もっとも自分の中学時代にはT細胞なんて概念はなかったが。

母智丘公園 花見

今年の花見は宮崎県都城市にある母智丘(もちお)公園に行ってきた。
日本のさくら名所100選に選ばれている有名どころでもある。
少々肌寒く、桜も八分咲き程度であったが、好天にも恵まれまずまずの行楽となった。
       母智丘1 母智丘2 

実は10数年前にも一回訪れたことがあるのだが、その時よりも桜自体は減っているような・・・
・・・気のせいであろうか。

今さらながら、古稀の沢田研二を聴く。

最近、TVではめっきり見かけなくなった沢田研二であるが、LIVE会場で観客とケンカしたり、コンサートをドタキャンするなどして、相変わらずのお騒がせでその顕在ぶりを発揮されているようである。

ニュースなどでもよく取り上げられ、近況の映像と共にその懐かしい歌声に懐古おじさんの血が騒いでしまった次第である。(笑)

自慢ではないが芸能界歌謡界に人並み外れて疎い自分であっても、70~80年代の全盛期の沢田研二くらい知らないワケがないわいッ・・・

・・・と、思っていたのだが、実際に聴いてみると、歌の最初から最後まで完全に憶えているのは"勝手にしやがれ""時の過ぎゆくままに"ぐらいしかなく、"カサブランカダンディ""サムライ""TOKIO""ダーリング"などなど超有名どころの歌はさわりとサビくらいしか記憶に残っていないことに愕然とするのであった。

「Oh、ニ~ナ~ 忘れられない」の"追憶"も、小学生の頃散々耳にしていた筈なのに、今回初めて"追憶"と云う題名で沢田研二の歌であることを知ったくらいである。

さて、その沢田研二もはや古稀(70歳)だそうである。
巷では、若く麗しい昔の容姿と比較して誹謗中傷を繰り返す輩が跋扈しているが、自分としては格好の良い歳の取り方をしているなぁ、と云うのが実感である。
しかも声は昔のまま、と云うか、昔よりも艶がありしかも渋みも増している、まさしく唯一無二の沢田研二の完成形に到っていることにいたく感動するのであった。
沢田研二 

こんな作品だったとは・・・

・・・と云うのは他でもない、まったく予備知識がないに等しく、知っている情報とすると"公園のブランコで柴犬と戯れているおじいさん"ぐらいしか観たことがなかったので、てっきりほのぼの系柴犬まんがだと長い間思い込んでいたのだ。

・・・で、初見のアニメで吃驚仰天した次第である。

オヤジ狩りする中坊たちを懲らしめたり、不敵のヤクザを再起不能にするなど溜飲を下げるエピソードがある反面、平和な家庭を気まぐれで惨殺する生々しい描写もあり、賛否は分かれるところか。

最後の方で小惑星が地球に接近することで、結末がわかってしまうところが残念と云えば残念な作品ではある。
いぬやしき 
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